カテゴリ:時子さん( 3 )

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大正、及び昭和初期のお生まれの親を持っておられる方、こういうことはないでしょうか? 
この方達、やたら物を仕舞い込んでおきませんか?
例えば敬老のお祝いに何かあげたとする、例えば誕生日になにか送ったとする。使って喜んでもらうと嬉しいというのが送ったほうの気持ちです。
ところが、うちだけの話かもしれませんが、そういうものはすべて押し入れなり箪笥の中に仕舞い込まれてしまって、日の目をみるということはありません。 「使うたらええやん」と言いますと「もったいないから仕舞っとく」という答えが帰ってきます。

ある時、暮しの手帖の戦後すぐに出されたものの復刻版のようなのを読んでいる時、この記事をみつけて、こういう考え方なのかと、メモしておいたのです。1952年のものです。

要約して書きますと、
物がなく貧しい時代ではあるが若い女性がズック靴を履いているのはやはり惨めである。ここに同じズックの靴を履いているいる二人の女性がいるとして、一人はそのズック靴一足きりしか持ってなく破れてしまったらどうしようという状態。  もう一人はズックを履いてはいるものの、家に帰れば新品の革靴が仕舞ってある。  こういう場合同じズックを履いていても、この二人の気持ちは随分と違うだろう、ということが書いてある。

そして、この文章はまだ使わないものをなにかひとつ持っていることの楽さということについて書いてある。
なるほどねぇ、わからんでもないですよ。
けれどねぇ、もう戦後やないんです。時代は全く変わってして、使わずに仕舞っておけば、それらはいずれゴミとなり捨てられてしまうことになる。
ということが若い頃に物資がなく苦労した経験のあるこの世代の人には、なかなか理解するのが難しことなのでしょうか。 
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老人がいうのです、
あんた、ばんごはんどうしょう
わたし:はい、食べてきました。
10分後また老人がいうのです
あんた、ばんごはんたべたんか
わたし:はい、食べてきました。
そのまた10分後・・
という具合で、家にいたたまれず、お散歩にでました。
湖岸沿いの散歩道を、てくてく歩いてスタバでくつろぐ。
この丸い建物の一階と二階がスタバになっていて、二階の窓際のソファ席がお気に入り。今回は空いてなかって残念。

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エキサイト、一部のブログの表示が、具合悪いそう。その具合悪いのの仲間になってるらしいので、今日は、あっさり諦めよう。
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「時には母のない子のように」    寺山修司 作詞   田中未知 作曲
 

時には 母のない子のように

だまって 海をみつめていたい

時には 母のない子のように

ひとりで旅に 出てみたい

だけど心は すぐかわる

母のない子に なったなら

だれにも 愛を話せない

時には 母のない子のように

長い手紙を 書いてみたい

時には 母のない子のように

大きな声で 叫んでみたい

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