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毎週金曜日は、昭和37年ころに集めた、ガムの包み紙のコレクションを発表しております。
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今日は、明治のペパーミントチューインガム と ハリスのPLAY GUM 
これは、東京オリンピック前であることからして、キャンペーンの意味もある商品。体操競技の
図柄が入っている。 他にも、各種競技の図柄があったはずだ。
切手の図柄をそのまま使っているようだ。
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ピンクッションにしようとしていたものを、急きょドレスに変更したもので、やや、無理がありますが・・・  ビーズ刺繍は、例によって、ネックレス解体品を使用。
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今日は、この子のドレスをつくろう・・・
手と足のビーズは、一昨日のネックレスを使いました。
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中原淳一の 「しあわせの花束」 という本を持っているのだが、そこに、「洗面所のタオル」というタイトルのエッセイがある。 雑誌「ひまわり」に掲載されたものだ。
書かれたのが1950年ころ。(昭和25年)

今の団塊ジュニア世代の人は、ちょっと前まで、いかに日本が貧しい国だったかご存知ないようなので、ちょっと、驚かしてやろうかなと。

この頃、家庭内に、タオルが三、四枚しかないと書いてある。 何かで調査された数字だとも書いてある。 しかも、五人家族で、三、四枚ということは、一人に一枚もないわけであります。
朝顔を洗った後、同じタオルを使ったってことですね。
この文章の中で、中原さんは、せめて、家族の人数分だけ、タオルを取り揃えましょう、といっておられる。 

これには、私もびっくりした。 私の記憶に残るのは1960年代なのだが、タオルというのは、そうだったな、そんなに今ほど、洗面所に積み上げてあるようなことはなかった。 洗面所の上から、竹ざおが吊るしてあって、そこに、掛けられていたように記憶している。 バスタオルはあったけど、人数分あったのかなぁ

ほんとに、1950年と1975年では、物凄い生活レベルが違うのだ。 たった、20年ほどの間に、各種電化製品が普及した。 勿論、女中さんもいなくなった。
汲み取り便所から、水洗トイレ。
私の子供のころなどまだ、牛に肥え桶を引かせた、お百姓さんが汲み取りにきていたくらいなんだから、ほんとに。 そして、道には、牛のフンが落ちていたものサ。

こうして、多分少なくとも300年は、同じような似たり寄ったりの暮らし方をしていた人間が、急に20年ほどの間に、驚くべき変貌をとげたってことね。

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オヨメちゃまが、ネックレスが切れちゃったので、何かに使ってください、と、持ってきてくれた。
アベンチュリーナじぁない。 ベネチアのビーズだ。 何か作ってみよう。
アベンチュリーナとは、ガラスに金箔などを流し込んだビーズのことだ。

※    ※
クゥのことは30年間悩みぬいたが、心配してもどうなるものでもない。
心配するかわりに、祈ることにした。 
心配することはマイナスの力だけど、祈ることはプラスの力だ。

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毎週金曜日は、昭和37年頃に集めたガムの包み紙のコレクションを発表しております。
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今日は鉄腕アトムをだそう。
カンロと明治の二種類ある。
カンロは、飴で有名だが、これは、下の明治より先に出たと思う。その後、鉄腕アトムは明治が独占することになった・・はずだ。  明治のマーブルチョコには鉄腕アトムのシールがオマケに入っていて、大ブレークする。
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昔の物価に興味を持っていると、この前書いたが、戦前の物価のことを少々調べてみた。

市川崑監督が亡くなって、話題にもでるかなという、「細雪」。
映画でもそうだったが、この小説、優雅な四姉妹の物語にしては、いきなり、お金の話から始まる。  小説では、雪子さんのお見合い相手の給料をあれこれ値踏みするシーンから始まる。

で、雪子さんのお見合い相手は、MB科学工業というフランス外資系の会社に勤めていて、41歳。 月給が170円、それにボーナスを入れると、大体、月、250円、ということらしい。

この頃 (昭和13年頃) の平均的お給料は、100円そこそこ、だったそうだ。 このお見合い相手のお給料は、まぁ平均よりは上ということだろう。
因みにこの頃の大卒の初任給が、80円ということだ。
その他、銘仙の着物(今でいうとカジュアル系)が、一反10円。一式揃えて30円。
贅沢系でいうと、ピアノは550円。 帝国ホテルの宿泊料、二人部屋で15円、といったところだ。

ところで、この細雪にも、「お春どん」という女中さんが出てくるが (映画では、マーブルチョコレートの上原ゆかりさんが出演) この当時の女中さんのお給金は住み込みで、10円だそうだ。
今でいうと、1万~2万というところか。
戦前の小説を読むと、普通のサラリーマン家庭でも、女中さんをやとっているのを、不思議におもっていたが、これで納得。 この当時は、炊飯器もなければ、洗濯機もない、どうしても家事をするのに人手がいったのだろう。
住み込みとはいえ、お小遣い程度のお金で働いていたのだ。 昔はこういう奉公働きをして、花嫁修業も兼ねていたのだろう。 それはそれで、世の中としては、うまく回っていた部分もある。

お金という視点でものを見ていくのも面白い。
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じっと膝の上に座ってないで、ちぃ~とは、見習って、おもろいことでもしたらどうやねん。
みてみ、この「ようかんさん」の演技力!
ほんま、うちのこは演技力がないわ~
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謙遜・・・この言葉と、どう折り合いをつけていくのか、考える今日この頃であります。
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モントブレッチアとは、夏に、赤い花を咲かせる球根であります。

radyEさんのブログをみていると、ご両親の徹底した教育方針で、ピアノを習得されたことが書いてある。
考えてみると、時子さんは、あれせよ、これせよ、とは一切言わなかったことは救いかな。
子供のころは縁側で地蔵のように佇んでいた子供だったが、ある時期から、俄然やる気のある子供になった。 何かを学びとるということに貪欲になった。

この布絵も、だれに教えを請うたわけでなく、やり方は、全部自分で考案した。

思えば、極楽トンボのテイシュも、あれするな、これするな、とは言わない人だったから、自分としては大いに助かったかな。 自由になんでもやることが出来る環境だった。

私がこんなにやる気があって、物事を熱心にやり抜く、という利点を、時子さんは気がついていないけどね。
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