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四コマノート

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最近さぼってますねん、4コマ。さぼると描けんようになりますねん。

朝ドラで「茶番、茶番」って言ってましたね。
「茶番」って言ってしまうとおもしろいですね。
自分の色をはっきり出さず、まわりに察してもらって、あたかも周りがそういうからしゃないなぁ、という形に持っていく。
これは一種、文化であって、これがなければないで、味気なくもある訳ですが、これも度が過ぎるとややこしい、辛気くさいことになります。
by daikatoti | 2012-02-14 08:21 | パレット | Comments(4)
Commented by 柳居子 at 2012-02-14 14:42 x
 自分の色をはっきり出さず、まわりに察してもらって、あたかも周りがそういうからしゃないなぁ、という形に持っていく。これは高度に洗練された文化であって、これがなければ京都では生き残れない。 色を鮮明に出すと命が幾つあっても足りないという歴史的背景が有ります。

  京言葉 まさしく其れです。
Commented by nobukoueda at 2012-02-14 23:05
そうそう、この京都のややこしいやり方がいまもってなかなかよめないのですよ。
下の雑誌、なつかしいな、どんぶりも、まあ、そういった時代を生きてきたということかしら。情報に振り回されて、中に浮いている感じかもです。
Commented by daikatoti at 2012-02-15 07:20
★柳居子さん  ほんとに文化なんですね。芸に近いかも。ところが、私はあれが苦手で、めんどくさくてかなわんのですわ。
特にものを差し上げた場合とか、すっとは受け取っていただけず、なにかやの押したり引いたりの問答の後、やっと受け取ってもらえる、とかいうの、つい、最初に「まぁそんなことしやはらんでもよろしおすのえ」とか言われると「あれま、そうですか」と引き下がってしまったりする無教養ものです。そのあとどう云うてええのかわからしませんのよ。
しかしながら、今関西を離れて別の土地に暮らしてみると、なにもそうあからさまに、もうちっとぼやかしといたほうがええんでないの、とかも思う訳です。
そうそう、命が幾つ合っても足りないという歴史的な背景もあったでしょうね。
Commented by daikatoti at 2012-02-15 07:28
★nobukoさん むつかしいよね、愛知とぜんぜん違うもんね。
言葉の裏を読み取らんならんちゅうのは高度な技量がいりますよ。
それをさらりとこなすにはね。
カーネーションで他にもおもしろいなぁと思った場面があるのですが、糸子のお父ちゃんが火傷をして顔から肩から包帯グルグル巻きでよくしゃべれないとき、神戸のおじいちゃん、おばあちゃんがお見舞いにきて、産まれたばっかりの三女の名前がまだつけてない、こんな状態やからおじいちゃんつけたってくださいと、包帯男が必死にしゃべるんですが、そんな状態の時にも二人が、いやいやそれはあんたが、いやいやお舅さんつけたってください、の茶番劇を繰り広げおおいに笑いましたが、
関西ってのはああいう遣り取りで日常が成り立ってるとこありますね。
ややこしいとこです。
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